これは,僕が人生で初めてインドはムンバイを旅したときの記録である。
過去のエントリは以下から。
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その1
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その2
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その3
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その4
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その5
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その6
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その7
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その8
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その9
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その10
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その11
生まれて初めてインドに行って感じたことをありの~ままの~文章にしてみた。その12
※主な登場人物
トミー帝:某外資系コンサルにて働くスーパーエリート。インドはムンバイへ赴任中。仕事でロジカルなのは当たり前だがプライベートでもついロジカルな面が出てしまい,なかなか良い相手が見つからないらしい。
AKB帝(羅帝):スーパー保険家。85kgの巨体ながらフルマラソン4時間切り,100kmウルトラマラソン2回完走,アイアンマンレース完走のすべてを,ランを始めてから1年以内に達成する強者。その文章力は圧巻。
マッチ帝:某ベンチャー企業のスーパー副社長。社内では神と呼ばれている。実力がありすぎてなんでも自分で出来てしまうため,いまは後継者の育成が課題。と本人は主張しているが,本当はしゃべりすぎて誰も話を遮れないだけとの噂も。
全員が私よりも年長者であり,人生の先輩として,またビジネスパーソンとして心から尊敬していることは言うまでもない。
※※※※※
ドービーガート
巨大な屋外洗濯場。
こちらは「地球の歩き方」にも載っており,観光客が訪れるポイントだ。
上から見たドービーガートは,実に壮観であった。
通常はここから眺めて終わるのだが,せっかくなので中に潜入することに。
この辺りも何とも言えないにおいが充満していてつらかった。
生臭いような,汚物くさいような。
外の世界を知らないことは不幸なのか
なかなかガイドしてくれる人が見つからなかったが,
トミーの交渉によりなんとか中に入れることに。
この洗濯場は大きな壁に囲われており,中には人が住んでいる。
たとえるなら進撃の巨人の世界。
毎日毎日,洗濯物を洗って干して,洗って干して。
そこで生まれた人たちは,
人生=洗濯
なのである。
壁の外側がどうなっているのか,知る由もない。
そもそも壁の外に世界があるのかすら知らない可能性もある。
中には,ふとした拍子に外の世界を知り,
エレンイェーガーのように,
外に出てみたい!!世界を切り開いていきたい!
と思う人もいるかもしれない。
だがそれはごくごく僅か。
大半は一生を壁の中で過ごすことになるはずだ。
しかし,それ自体を不幸だと嘆いているような雰囲気は,
少なくとも僕の目に映った範囲では感じられなかった。
現状を疑うことなく,淡々と仕事をこなしていく人生。
世界の大半はそれで成り立っているのかもしれない。
選べる自由,選べる不幸
壁の中のインド人に対して,
僕ら日本人はどうだろうか。
生まれた家が裕福かそうでないかという多少の差はあれど,
健康に生きることができ,食べるものにも困らず,
衛生環境も素晴らしい。
明らかにインド人より恵まれた環境にある。
その上,簡単に外の世界の情報を得ることができる。
というよりも,ちょっとしたメディアに触れているだけで
勝手に情報が入ってくる。
強制的に外の世界,自分の知らない世界を知ることになるのだ。
インド人とは違って,知っている世界がとても多い。
ということは,自分が行きたいと思った世界に飛び込んでいくことができる。
人生をどのように過ごしていくか,自分の手で選び取ることができるのだ。
人生=選択
と言ってもよいだろう。
そんな日本人は,みな幸福を感じて生きているのであろうか。
必ずしもそうとはいえないというのが僕の考えだ。
何をもって幸福をはかるのかは難しいのだが,
たとえば自殺率ではかるとすると,
このデータによれば日本はインドの約2倍である。
人生の選択肢が多いはずの日本人の方が自殺しているのだ。
自由に選択出来ること,選択肢が多いことが必ずしも幸せに直結するわけではなく,
むしろ不幸になってしまうということ。
マークシート方式の試験と一緒だ。
(会計士試験はずっと5肢だったのが最近では6肢になったりしている)
なぜ選択肢があることで不幸を感じてしまうかというと,人間は
比較する
生き物だからだと思う。
「あの人はこんな人生を送っているのに,自分は,,,」
と誰かと比較するから,不幸を感じてしまう。
「あいつも洗濯,こいつも洗濯,俺も洗濯」
であれば,不幸を感じることはないはずだ。
僕らが幸せを感じるためには,(難しいが)他人と比較せず生きること。
そして,自分の人生の舵は自分でとること。
これしかないのであろう。
お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな!
である。(中島みゆき)
続く。
ないすとぅみーとぅ!